人民参審員の参加する合議体の構成を定めている条文は決定第3条しかない。なお、人民参審員と合議体のその他の成員との意見が分かれた時、人民参審員の意見を評議の記録に記入し、また、人民参審員が当該事件の裁判委員会による検討決定が必要だと思った場合、人民法院の院長に事件の裁判委員会への付議を要求するよう届け出、かつ、その理由を説明し、それを評議の記録に残さなければならない。......
2023-08-14
上述のような問題点を解決するために、多くの制度改革をめぐる案が主張された。以下、その内容を整理し検討してみる。
(1)人民参審員の選任手続について
従来、中国では、法律の制定理念として[宜粗不宜細](法律は粗く抽象的に制定することが適宜であり、細かく具体的に制定することは適宜ではない)が提唱されてきたため、抽象的な規定が多く存在していた。人民参審員の選任が依拠していた法律は人民法院組織法(1986年)第38条しかなかったのである。この条文に即して人民参審員は選挙で選出されなければならなかったが、実務には前節で示した通り人民法院が人民団体から推薦された者を人民参審員として招聘するのが普通の方法である。この状況を踏まえて、その方法に法的効力を賦与し、立法で確認するべきだと主張されていた[43]。しかしながら、人民参審員は人民の一員として人民の意志を裁判に伝える者だと位置づけすべきで、一切の権力の源とされている人民代表大会およびその常務委員会が人民参審員の選任手続に手を延ばさないと、人民参審員の決まりに民主主義の基礎がなくなるという考えも挙げられている[44]。
したがって、人民参審員の選任手続について、人民代表大会で人民代表を選挙すると同時に人民参審員を選挙することと人民法院が人民団体が推薦した者を招聘することとの二つの方法が立法で確認されるべきで、そのうち、人民法院が招聘した者は当地の人民代表大会の常務委員会から人民参審員として任命される手続が欠かせないという案が提出された[45]。
(2)人民参審員の資格について
人民法院組織法(1986年)第38条に基づき人民参審員になる者は23歳以上であること、選挙権と被選挙権を有することおよび政治権利を剥奪されていないことという三つの条件を満たさなければならなかった。資格の制限が限られれば限られるほど、人民参審員は人民の代表としての広範性と普遍性を保つことができなくなるが、裁判に参与する作業が神聖な、厳粛で権威ある重要な仕事であるため、それに携わる人民参審員に身体の健康、品格良好、一定の知識レベル、正確な政治傾向を有することが必要な条件であると学者によって指摘された[46]。その中で、一定の知識レベルとは、高校卒業が学歴レベルの最下限ということであり、そして、正確な政治傾向とは中国共産党の路線、方針、政策および政治の立場を支持することに指すことである。
また、人民参審員の除外要件に政治権利を剥奪されること以外、職業上の制限も提出された[47]。具体的にいえば、権力層が裁判に介入することを防止することを理由として、中国共産党常務委員会のメンバーや政府の役人、人民代表、政治協商会議のメンバーを人民参審員になれる者の範囲から排除し、それに、法律人の考えと異なっている素朴な正義観を抱えた一般の民衆を合議体に招くことを念頭に置くために、法務に携わる人々、つまり、弁護士や検察官、公安部門の役人などを除外すべきであるという主張である。
(3)人民参審員制度の対象事件について
当時の人民法院組織法(1986年)第10条と三大訴訟法の関連条文に基づき一切の第一審の事件の裁判は人民参審員制度によって行うのが可であるようになっていたにもかかわらず、ある事件をこの制度で裁判するか否かは裁判官の判断に委ねられたのである。従って、実務で裁判官が自分の便宜のみを考量してから、ある事件に制度を適用するか適用しないを随意に決めたのが普遍であり、したがって、人民参審員制度の適用が地域により、裁判官によりかなり異なっていて、制度の機能を充分に発揮することができなくなってきたので、人民参審員制度の適用事件の範囲を厳格に制限しなければならないと主張された[48]。
適用事件の範囲は、主に事件タイプと審級という二つの面から定められた。具体的に言えば、事件のタイプに関して、訴訟の性質から考えれば、刑事事件と行政事件は、権力の介入する危険性が高い公法に関わる事件であるので、人民参審員制度が期待される司法権、行政権を監督する機能を充分に発揮させるために、簡易手続きを適用する刑事事件を除き、全ての刑事事件と行政事件の裁判に人民参審員を参与させるべきであり、それに対して民事事件は、当事者双方の地位が平等で、ほぼ経済利益を巡る争いであるので、司法資源を節約し、訴訟効率を高めるために原則として人民参審員制度が適用されるべきではないとの主張がされた[49]のに対して、一般の民衆が裁判に携わる者として要される素質を備えでないこと、そして、全世界では他国の陪審制·参審制の対象事件の範囲が縮小されつつあることを理由として人民参審員制度の対象事件が10年以上有期懲役以上の刑罰を下す可能性がある刑事事件または相当な社会的影響がある刑事事件、および僅かの民事事件のみに限るべきであるという見解も挙げられた[50]。
審級については、第二審裁判が当事者が第一審裁判における事実の認定または法律適用に不服かそれに過ちがあると思う際に発動されることであるので、人民参審員ではなく法律に馴染んで豊富な経験を持する裁判官から成り立った合議体によって行われるほうが適切だという認識のもとに、人民参審員制度の適用は当時の法律条文を踏襲し、第一審裁判に限られるべきだと考えられている[51]。
(4)人民参審員の権限と義務について
人民法院組織法(1986年)第38条第2項は、人民参審員が裁判に参与する時、裁判官と同等の権力を有すると規定した。それに基づき、人民参審員は裁判長になれない以外、裁判官と同じ裁判権を行使することができる。一部の学者は、人民参審員が裁判権だけではなく、裁判官への監督権を有することも法律に明記しなければならないと主張している[52]。つまり、人民参審員へ人民参審員が裁判官の法律か紀律に違反した行動を発見したとき、裁判長あるいは院長、裁判委員会へ意見と建議を提出する権力、および当地の民衆が抱えた裁判官または裁判業務への意見を収集し人民法院へ提出する権力である。
当時の法律に人民参審員が背負う義務をめぐる条文が存在しなかったので、人民参審員が裁判官より裁判への責任感が薄いという状況に対して学者が懸念を表わした上で、人民参審員に合議する際に意見を述べなければならない発言義務と裁判で知る秘密を守る守秘義務[53]、裁判長が発した訴訟手続きに関する指示に従う服従義務[54]を法律で負わせるべきだという案を提出した。
(5)日当·研修および賞罰について
当時の人民法院組織法(1986)第39条によって、人民参審員が裁判に参与している間、元の職場から給料を貰い、そもそも就職していない場合でも、人民法院から適当な手当をもらうことが定められた。人民参審員が貰える日当は、各自の給料の有無やその額によって異なっていた。それが人民参審員になろうとする者の積極性に影響を与えると指摘し、全国一律の日当を人民参審員に支給すべきだと主張されている[55]。具体的な計算方法は、人民参審員の日当を所在の人民法院の裁判官の平均日給料と同様にすることである。
次に、研修に関しては、学者は研修の内容[56]と時間[57]、研修を司る部門[58]に対し意見を提出した。すなわち、人民参審員が受ける研修は、法律知識だけでなく裁判に携わる者が要される道徳、礼儀などを授業内容として、各業務法廷の裁判官を先生として、毎年少なくとも一回の定期授業を行うようにするべきであるということである。
なお、学者は、人民法院あるいは所属する職場が積極的に裁判に参加し、真面目に合議したと評価された人民参審員へ栄誉の表彰を主として金銭を補充とした奨励を与え、逆に正当な理由なしに裁判に参加することをさぼった者あるいは裁判紀律に違反した者に対してその者を除名または、その者が所属する職場による紀律処分を提議するという人民参審員への賞罰をめぐる案を提出した[59]。
【注释】
[1]徐来「弘揚司法民主 促進司法公正——沈徳詠就《関於完善人民陪審員制度的決定》答本報記者問」法制日報,2004年9月1日第3面参照。
[2]筆者が収集した人民参審員制度の改廃をめぐる論考の中に、制度を改善·改革すべきだと主張した論文は廃止論を訴えた論文より著しく多い。にもかかわらず、廃止論が学界の多数派の意見だと指摘した論文もある。例えば、張光傑·王慶廷「歴史、背景、法理、法律——対我国陪審制度的四維解読」南京工業大学学報(社会科学版),2005年第2期20頁参照。
[3]孔暁鑫·前掲注(29)182頁参照。
[4]何家弘「陪審制度縦横論」法学家,1999年第3期(1999年)47頁、申君貴·前掲注(5)14頁参照。
[5]廖永安·李旭「対我国陪審制的否定性評価」金陵法律評論,2003年秋季巻49頁。
[6]官忠·前掲注(5)102頁参照。
[7]王晶「中国人民陪審制度存在問題及其完善」北大法律網·法学在線http://article.chinalawinfo.com/Article_Detail.asp?ArticleID=2333(最終アクセス日,2013年10月26日)参照。
[8]陳新「陪審制的否定性断想」前沿,2002年第7期90頁。
[9]申君貴·前掲注(5)15頁、欧陽愛輝「人民陪審制劣根性散談」寧波広播電視大学学報,2005年第3巻第1期(2005年3月)49頁、王宗光「改革和完善我国人民陪審制的思考」人民司法編輯部編『中国司法改革十個熱点問題』(人民法院出版社,2003年)493頁参照。
[10]楊東「従司法体制看人民陪審員制度的改革与完善」中国法院網http://www.chinacourt.org/article/detail/2003/01/id/34930.shtml(最終アクセス日,2013年11月12日)参照。
[11]康均心『法院改革研究——以一個基層法院的探索為視点(第1版)』(中国政法大学出版社,2004年)282頁参照。
[12]張文亮「我国人民陪審員制度的現状及重構」人民司法編輯部編『中国司法改革十個熱点問題』(人民法院出版社、2003年)463頁参照。
[13]康均心·前掲注(83)283頁参照。
[14]葉青「関於人民陪審員制度価値的思考」華東政法学院学報,第14期(2001年1月)5頁、胡暁濤·周蔚·尚永昕「従陪審制的功能談我国人民陪審員制度的保留及完善」江西金融職工大学学報,2004年第1期(2004年2月)23~24頁参照。
[15]何家弘·前掲注(72)49頁、張善燚「論我国人民陪審制度」河北法学,第108期(2001年7月)61頁、王宗光·前掲注(78)496頁参照。
[16]何家弘·前掲注(72)49頁、王宗光·前掲注(78)495~496頁、王利明『司法改革研究』(法律出版社,2001年)389頁参照。
[17]矯春暁「論人民陪審制度」陳光中編『依法治国·司法公正——訴訟法理論与実践(一九九九年巻·上海)』(上海社会科学院出版社,2000年)1090頁参照。
[18]張文亮·前掲注(86)463~464頁参照。
[19]段啓俊「論陪審制度的改革与完善」湖南大学学報(社会科学版),第19巻第5期(2004年9月)104頁参照。
[20]矯春暁·前掲注(92)1089~1090頁参照。
[21]段啓俊·前掲注(94)105頁、何家弘·前掲注(72)50頁参照。
[22]程徳文「陪審制度与中国司法的現代化」陳光中編『依法治国·司法公正——訴訟法理論与実践(一九九九年巻·上海)』(上海社会科学院出版社,2000年)1066頁参照。
[23]魏敬勝=劉建軍「関於完善我国人民陪審制度的几点思考」法学論壇,第1期(2000年2月20日)81~82頁。
[24]何家弘·前掲注(72)49頁、王宗光·前掲注(78)496頁参照。
[25]何家弘·前掲注(72)49頁、王宗光·前掲注(78)495~496頁、王利明·前掲注(91)389頁参照。
[26]矯春暁·前掲注(92)1090頁参照。
[27]陳志遠「論我国人民陪審員制度的改革与完善」曹建明編『中国審判方式改革理論問題研究(上冊)』(中国政法大学出版社,2001年)287頁参照。
[28]張文亮·前掲注(86)463~464頁参照。
[29]蒙振祥·葉暁川·周永旭「陪審制的理性与理性的陪審制——為人民陪審制弁護」現代法学,第25巻第1期(2003年2月)66頁、曲一銘「従民主与公正角度看人民陪審員制度的価値」山東審判,2003年3期(2003年)41頁参照。
[30]段啓俊·前掲注(94)104頁参照。
[31]曲一銘·前掲注(104)40~41頁参照。
[32]矯春暁·前掲注(92)1089~1090頁、陳志遠·前掲注(102)285~286頁参照。
[33]段啓俊·前掲注(94)105頁、何家弘·前掲注(72)50頁、蒙振祥·葉暁川·周永旭·前掲注(104)66頁参照。
[34]謝紅霞「関於人民陪審制前景的思考」寧波大学学報(人文科学版),2004年5月第17巻第3期77頁参照。
[35]趙璐「論陪審制度及其改革」曹建明編『中国審判方式改革理論問題研究(上冊)』(中国政法大学出版社,2001年)311頁、張徳瑞「中国陪審制度之反思与改造」学習論壇,2003年第1期47頁参照。
[36]李春達·段守亮「論我国陪審制度的改革」曹建明編『中国審判方式改革理論問題研究(上冊)』(中国政法大学出版社,2001年)295~296頁参照。
[37]王秋蘭「浅談我国陪審制度的缺陥与完善」新疆社会経済,2000年第2期85頁参照。
[38]韓象乾·孫穎穎「改革完善我国陪審制管見」陳光中編『依法治国·司法公正——訴訟法理論与実践(一九九九年巻·上海)』(上海社会科学院出版社,2000年)1101頁参照。
[39]王秋蘭·前掲注(113)85頁、張徳瑞·前掲注(111)48頁参照。
[40]詹菊生「論我国陪審制度的缺陥与重構」人民司法編輯部編『中国司法改革十個熱点問題』(人民法院出版社,2003年)456頁、楊仁根=周紅兵「人民陪審員制度現状考察及改革建議」人民司法編輯部編『中国司法改革十個熱点問題』(人民法院出版社,2003年)481頁参照。
[41]王宗光·前掲注(78)492頁、王韶華「論我国陪審制度之廃改」人民司法編輯部編『中国司法改革十個熱点問題』(人民法院出版社,2003年)524頁参照。
[42]張文亮·前掲注(86)466~467頁、矯春暁·前掲注(92)1085頁、謝紅霞·前掲注(110)78頁参照。
[43]黎蜀寧「我国人民陪審制度評析及其重塑方案」甘粛社会科学,2004年第2期178頁参照。
[44]李秋月「関於改革我国陪審制度的幾点建議」遼寧大学学報(哲学社会科学版),2002年7月第4期27頁参照。
[45]林志忠「試論我国現行人民陪審員制度的完善」中国人大,1999年第4期22頁、劉定国=傅倫博「関於完善人民陪審制度立法的思考」中南政法学院学報,1992年第4期8~9頁参照。
[46]韓象乾·孫穎穎·前掲注(114)1103頁、康均心·前掲注(83)296~297頁参照。
[47]矯春暁·前掲注(92)1091~1092頁、張文亮·前掲注(86)468頁参照。
[48]巩富文「陪審制度研究」陳光中編『依法治国·司法公正——訴訟法理論与実践(一九九九年巻·上海)』(上海社会科学院出版社,2000年)1112~1113頁、陳志遠·前掲注(102)289頁参照。
[49]李春達·段守亮·前掲注(112)305頁。
[50]趙璐·前掲注(111)313~314頁参照。
[51]李春達·段守亮·前掲注(112)304頁参照。
[52]劉定国·傅倫博·前掲注(122)9頁参照。
[53]黎蜀寧·前掲注(120)178~179頁参照。
[54]李秋月·前掲注(121)28頁参照。
[55]劉定国·傅倫博·前掲注(122)10頁、巩富文·前掲注(125)1116頁参照。
[56]黎蜀寧·前掲注(120)179頁参照。
[57]趙璐·前掲注(111)315頁参照。
[58]李秋月·前掲注(121)28頁参照。
[59]韓象乾·孫穎穎·前掲注(114)1106頁、李秋月·前掲注(121)28頁参照。
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