このことから、人民参審員制度を利用する裁判の大部分が基層人民法院で行われていること、人民法院のレベルが高いほど、制度利用の可能性が低くなること、と言う二つの結論を導くことができる。よって、第一の問題点として挙げられるのは、基層人民法院では社会的影響が大きいとは必ずしも言えない事件の裁判にも人民参審員制度を利用していることである。......
2023-08-14
ここでは1978年から2005年5月1日に「決定」を施行する前まで行われていた人民参審員制度を旧制度といい、上述の法律や通達などの規定に基づき旧制度の主な内容を描き出し、それに存在する問題点を指摘する。
(1)対象事件と審級
「90行政訴訟法」第46条と「91民訴法」第40条、「96刑訴法」第147条に基づき、行政、刑事または民事を問わず、簡単な民事事件、軽微な刑事事件並びに別の法による単独審を適用する事件を除いて、第一審事件の裁判は人民参審員が参加する合議体か裁判官のみからなる合議体により行われることが定められた。つまり、普通の民事·行政·刑事事件においては人民参審員制度の適用は可能である。
また、審級については、「86組織法」第10条に基づき第一審に限られていた。控訴審での人民参審員の参加は認められていなかった。
しかし、以上の法律には人民参審員制度を適用する事件の基準を規定する条文は存在しない。その結果、どのような事件に制度を適用するかは当事者の意思と関係がなく、人民法院の担当する裁判官のみによって決定されるようになった。したがって、実際には、人民法院の需要だけが制度を適用するかしないかを決める理由であるようになってしまった。
(2)人民参審員の職権と忌避
「86組織法」と「90行訴法」が人民参審員の権限について言及していなかったのに対し、「91民訴法」第40条第三款と「96刑訴法」第147条第三項は、「人民参審員が裁判官と同等の権限を有する」と定めていた。しかし、「91民訴法」第42条と「96刑訴法」第147条第6項に基づき合議体の長である主審裁判官として務める者は人民参審員ではなく、院長または廷長により任命された裁判官でなければならなかった。なお、「86組織法」には忌避に関する規定がないが、「90行訴法」と「91民訴法」、「96刑訴法」は〔審判人員〕(つまり、裁判する者)に対して同じ忌避事項と手続を設けた。合議体に参加する人民参審員は事件の裁判を担当する者であるので、この〔審判人員〕に含まれていると思われる。
また、人民参審員の具体的な権限事項については「86組織法」とその三大訴訟法は規定していなかったのであるが、それを定めた条文は制度に関する地方性法規に見られる。例えば「上海高院弁法」第10条、第16条に基づき、次の権限事項が挙げられる。それは、第一に、全部の事件に関わる文書や資料を閲覧する権限。第二に、人民法院による証拠の取り調べに参加する権限。第三に、裁判中、証人、当事者、鑑定人へ事実か証拠について尋ねる権限。第四に、合議体で評議する権限。第五に、裁判を監督する権限、つまり、事件の裁判に手続上の違法な状況があることまたは裁判官や他の人民参審員が法律か規則に違反する行為があることを発見する場合、人民法院院長へ意見とアドバイスを提出する権限である。そして、「武漢市条例」第15条と第16条は上述の「上海高院弁法」に規定される五つの権限を含んでおり、人民参審員が人民法院による調停に参加する権限を有することを定めた。
以上から見ると、制度改革以前、人民参審員の権限は地方によって異なり、全国に統一の規定が存在していなかったのである。
(3)合議体の構成と評議方法
合議体の構成については、三大訴訟法はそれぞれ異なる内容を定めた。「90行訴法」第46条は、「……合議体の構成員は三人以上の単数である。」と規定し、「91民訴法」第40条第1項は「合議体の構成員の人数は単数である。」と規定しているのに対して、「96刑訴法」第147条第1項、第2項によると、基層人民法院と中級人民法院での第一審裁判における合議体の人数は三人、高級人民法院と最高人民法院での合議体の人数は3人~7人であることを詳しく定めた。
上述したとおり、この時期には「56司法部指示」と「63最高院選任通知」はまだ有効であったため、この二つの通達に基づき合議体は原則として1人の裁判官と2人の人民参審員から構成されるべきであった。したがって、3人の合議体の場合、事件の類型を問わず、裁判官1人と人民参審員2人がいると思われている。しかし、合議体の人数が5人または7人の場合、裁判官と人民参審員がそれぞれ何人ずつであるべきかは法律によって規定されていなかった。また、「上海高院弁法」第5条第2項は「人民参審員が参加する合議体による裁判の場合、一般的に2人の裁判官と1人の人民参審員から合議体を構成する。」と規定し、「56司法部指示」と「63最高院選任通知」の原則を突破した。したがって、合議体で裁判官が人民参審員より多い場合、人民参審員の意見は反映されないことが多いと思われる。
合議体の評議方法については、「90行訴法」に規定が存在しないが、「91民訴法」第43条と「96刑訴法」第148条は同じ多数決の評決方法を決めた。具体的に言えば、合議体の成員が違う意見を持っている場合、多数決で多数意見を合議体の判決としてまとめ、少数意見を評議メモに記入し、合議体全員がメモに署名するという方法である。しかも、「96刑訴法」第149条によれば、複雑かつ重大な事件を裁判する時、もしも合議体が多数意見を得ない場合、合議体がこの事件を院長に報告し、当該事件を院長が裁判委員会での検討決定に付するか否かの決定を下すこと、裁判委員会の決定に従い、執行しなければならないことであった。この評議方法に関する条文は簡略すぎであって、合議体の構成員の発言順序と投票方式などにも言及していなかったために、独立して評議権を行使すべき人民参審員の独立性はありえなくなったと考えられる。
(4)人民参審員の資格
以上の三大訴訟法には人民参審員の資格に関する条文は存在していないが、「86組織法」第38条では「選挙権と被選挙権を有する23歳以上の者が人民参審員として選挙される。しかし、政治権利を剥奪された者を除外する。」と規定されていた。また、中国では政治権利は選挙権と被選挙権だけではなく、言論、出版、集会、団結、デモの自由の権利、国家機関の公務員になる権利、国有企業、人民団体のリーダーになる権利も含んでいる。したがって、この条文に基づき人民参審員になるための条件として、政治権利を有すること、23歳以上であること、の二つが挙げられている。
しかし、この二つの基本条件以外に、ある地方においては地方性法規や通達によってこれ以上の条件要項が設けられていた。例えば、「武漢市条例」第3条に基づき武漢市の人民参審員になるために、上の二つの基本条件を除いて、また、四つの基本原則[41]を堅持しなければならないこと、法律を順守し事を公正に処理すること、一定の文化と法律知識を備えていること、健康であること、勤勉であること、裁判に参加する必要な時間的余裕があることという条件を定めた。そして、「金山区規則」に人民参審員の資格を規定する第7条には前の条件のほか、大衆との関係が良いことが明記された。また「上海高院弁法」第6条に基づき、人民参審員の年齢は23歳から65歳までであることが条件として定められた。しかしながら、「山西省選挙弁法」に人民参審員の資格を定める第1条は、「86組織法」第38条に即し、二つの基本条件だけを挙げていた。
各地方における資格を定めた規定はそれぞれ違ったから、地方によって各地域の人民参審員になる者の範囲は異なるようになってしまった。
(5)選任手続と任期
「86組織法」とこの時期の三大訴訟法は人民参審員の選任手続と任期に関する規定が一切設けられていなかった。選任手続と任期については、全国で法律効力を有する通達は「56司法部指示」と「63最高院選任通知」である。これらに基づき、基層人民法院の人民参審員は住民の直接選挙かまたは基層人民代表大会の選挙によって選出され、中級人民法院の人民参審員は同級人民代表大会の選挙によって選出または相応する機関、人民団体、企業の職員からの推薦によって選出され、高級人民法院の人民参審員は相応する機関、人民団体、企業の職員の中からの推薦によって選出され、また、高級人民法院と中級人民法院の人民参審員は臨時招請の方法によって選出されることもできることが設けられていた。そして、人民参審員の任期は2年、再任ができることである。
しかし、「山西省選挙弁法」第2条と第3条によれば、人民参審員は一律選挙で選ばれ、つまり、農村の人民参審員が郷、鎮の人民代表大会による選挙、都市の人民参審員が選挙区ごとに選民による選挙で選ばれ、任期は5年であった。これに対して、「金山区規則」第6条に基づき、金山区の人民参審員は人民法院によって国家機関、民間組織、社会団体、民主党派、企業などの在職者と退職者から招聘され、任期は一年であることが規定された。また、「上海高院弁法」第9条では、上海市の人民参審員の任期は三年、再任が可であることが定められた。
つまり、選任手続と任期について、全国の規定と異なる地方で適用の規則が設けられていた。しかも、地域によって、この規定はそれぞれ違うこともあった。
以上のように、2005年5月1日に「決定」を実施する以前、人民参審員制度に関する法律は非常に簡略であり、さらに、全国で統一して適用されていなかった。この法律の不備と混乱の状況は、2004年8月28日に「決定」を公布するまで続けられていた。
【注释】
[1]1937年1月、中国共産党は長征により延安に移動し、陝西省北部、甘粛省及び寧夏省東部で抗日根拠地を開拓し、中華ソビエト中央政府を設立した。同年の7月17日に、日本の侵略が本格化するなかで、第二次国共合作が成立し、当時の国民政府はそこを陝甘寧辺区と承認し、延安を辺区の首府と定め、国民政府行政院管轄の行政区画とした。1937年から1945年抗日戦争終結までの時期は辺区時期と呼ぶ。終戦後まもなく、中国が内戦状態に突入した。この頃から中華人民共和国が成立するまでの時期が解放区時期である。
[2]この条例の全文は、韓延龍·常兆儒編『中国新民主主義革命時期根拠地法制文献選編(第三巻)』(中国社会科学出版社,1981年)294頁~299頁参照。
[3]近代中国では、陪審制というと、参審制と陪審制を区別せずに、普通の国民が裁判官ととも裁判に参加する制度に理解されていた。陪審制と言う概念をどのように中国へ導入されていたのかについて、孔暁鑫「中国における陪審制の立法構想の歴史検討(1)—清朝末期~1949年まで」早稲田大学大学院法研論集第143号,(2012年)183頁~189頁、と段暁彦·俞栄根「“陪審”一詞的西来与中訳」法学家,(2010年第一期)参照。
[4]この条例の全文は、韓延龍·常兆儒·前掲注(28)306頁~312頁参照。
[5]通山昭治·前掲注(20)97頁参照。
[6]孔暁鑫「中国における陪審制の立法構想の歴史検討(2·完)—清朝末期~1949年まで」早稲田大学大学院法研論集第144号,(2012年)113頁参照。
[7]金式中「論梁柏台対中共法制建設的貢献」遼寧行政学院学報,第8巻第6期(2006年)26頁~27頁参照。後に述べる「中華ソビエト共和国軍事裁判所暫定組織条例」と「中華ソビエト共和国裁判所暫定組織及び裁判条例」とも梁により制定されたものである。
[8]1940年9月18日に、中国共産党が江蘇省沭陽県で淮海区専員公署という江蘇省抗日根拠地政府の派遣機関を設立した。その専員公署が管轄する地域は漣水県、淮陰県、泗水県、沭陽県、東海県、灌雲県、宿遷県、沭宿海県、漣灌阜県を含んで、淮海区と総称されていた。
[9]これらの法律の全文は、韓延龍·常兆儒·前掲注(28)371頁~374頁、442頁~445頁、449頁~450頁、474頁~475頁参照。
[10]原文が〔陪審員〕で、本稿で人民参審員という。
[11]孔暁鑫·前掲注(29)116頁参照。
[12]権勢を振り回す地方の悪徳ボスであり、中国共産党の改造対象でもある。
[13]劉晴輝·前掲注(19)99頁参照。
[14]李林「堅持和完善中国特色社会主義司法制度」学習与探索,2009年第5期145頁参照。
[15]これらの法律全文は、韓延龍·常兆儒·前掲注(28)582頁~588頁、607頁~609頁参照。
[16]土地改革は、「封建的地主制度を解体し、土地を実際に耕作している農民に所有させる農民所有制または国家所有制へ変更する政策である。……土地改革は激烈的かつ複雑的階級闘争で、封建階級の土地を農民に渡すことを任務とし、農業の発展を目的とし、新中国の工業化を実現するために、新しい道を切り開く。……解放戦争時期において、一億五千万人人口の解放区で土地改革がもう完成された。完成された」。許滌新·蘇星編『簡明政治経済学辞典』(人民出版社,1983年)11頁~12頁参照。
[17]鐘莉『価値·規則·実践:人民陪審員制度研究』(上海人民出版社,2011年)28頁。
[18]鐘莉·前掲注(43)28頁参照。
[19]葉陵陵·前掲注(21)5頁参照。
[20]これらの草案の全文は、呉宏耀·種松志編『中国刑事訴訟法典百年(1906年~2012年)(中冊)』(中国政法大学出版社,2012年)457頁~723頁参照。
[21]最高人民法院にいる中国共産党党員から構成された党の組織で、決定的権力を持している。
[22]呉宏耀·種松志·前掲注(47)726頁参照。
[23]呉宏耀·種松志·前掲注(47)759頁参照。
[24]葉陵陵·前掲注(21)5頁参照。
[25]この時期における人民参審制度の法整備については、通山昭治·前掲注(20)と同作者の「五四年憲法下の中国人民参審員制度(下·完)」九州国際大学法学論集,第12巻第2·3合併号(2006年3月)には詳細な論述が展開された。
[26]張光傑·王慶廷「歴史、現状、未来——対我国陪審制度的法理解読」北華大学学報(社会科学版),第6巻第3期(2005年6月)85頁、曹永軍「我国人民陪審員制度興衰的原因和改革設想」当代法学,第21巻第3期(2007年5月)158頁参照。
[27]王敏遠「中国陪審制度及其完善」法学研究,1999年第4期(1999年)29頁、劉晴輝·前掲注(19)105頁、懐効鋒·孫本鵬『人民陪審員制度初探』(光明日報出版社,2005年)4頁参照。
[28]鐘莉·前掲注(43)37頁、46頁参照。
[29]鐘莉·前掲注(43)30頁、31、46頁参照。
[30]鐘莉·前掲注(43)37頁参照。
[31]張光雲·前掲注(21)260頁参照。
[32]懐効鋒·孫本鵬·前掲注(54)4頁参照。
[33]王敏遠·前掲注(54)30頁参照。
[34]北大法意http://www.lawyee.net/Act/Act_Display.asp?ChannelID=1010100&KeyWord=&rid=71498(最終アクセス日,2013年8月20日)参照。
[35]北大法意http://www.lawyee.net/Act/Act_Display.asp?ChannelID=1010100&KeyWord=&rid=3277(最終アクセス日,2013年8月22日)参照。
[36]北大法意http://www.lawyee.net/Act/Act_Display.asp?ChannelID=1010100&KeyWord=&RID=555787(最終アクセス日,2013年8月22日)参照。
[37]北大法意http://www.lawyee.net/Act/Act_Display.asp?ChannelID=1010100&KeyWord=&RID=675701(最終アクセス日,2013年8月22日)参照。
[38]参審率は人民参審員が参加した合議体による事件の数が全ての合議体による第一審事件の数に占める比率である。
[39]彭小龍『非職業法官研究』(北京大学出版社,2012年)202頁~206頁参照。
[40]阿計「司法改革的民主一歩」政府法制·半月刊,(2004年)7頁参照。
[41]1979年3月に鄧小平により中央理論工作会議で提唱され、1982年に中華人民共和国憲法の前文に初めて明記された四つの政治原則、つまり、社会主義の道、プロレタリアート独裁(または人民民主主義)、中国共産党の指導、マルクス·レーニン主義、毛沢東思想である。
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